ヘンリー 杉本(ヘンリー すぎもと)
明治33年(1900年)~平成2年(1990年)
海草郡湊村(現和歌山市)生まれ
ヘンリー杉本は、明治33年(1900年)、海草郡湊村(現和歌山市)に生まれた。日本名は杉本謙。幼少のころから絵を描くことに才能を発揮していたが、和歌山中学校(現県立桐蔭高校)在校中は、水泳などのスポーツに情熱を燃やしていたという。和歌山中学校修業後19歳で両親が住む米国に呼び寄せられ渡った。当時、アメリカに渡った日本人は農業従事者として働く者が多かったが、杉本は画家を志し、オークランド芸術大学を卒業した。昭和4年(1929年)パリ留学中に新人の登竜門であるサロン・ドートンヌに入選、昭和7年(1932年)にサンフランシスコ世界博覧会美術展で金賞を受賞する等めざましい活躍を繰り広げた。
昭和16年(1941年)の日米開戦による強制立退き命令を受け、カリフォルニア州フレズノ集合所に入所し、数ヶ月後、数千キロ離れたアーカソー州ジェローム収容所に移り、後にロワー収容所に移った。この時収容所内の生活などを描いた作品は、歴史的記録として戦後注目を浴びるところとなった。これらの絵画は戦後35年経た昭和55年(1980年)にようやく日本で公開され、和歌山市に寄贈された作品は和歌山市民図書館3階に展示されている。平成2年(1990年)、ニューヨークにおいて逝去された。