ハワイ移民史年表










  西暦   和暦   
1868 明治1 駐日ハワイ総領事ヴァン・リードが英国帆船サイオト号で送った日本移民「元年者」153名(男146,女5,子ども2)がホノルルに上陸。
1869 明治2 「元年者」移民に関する国際問題解決のため,日本の移民調査使節上野景範,三輪甫一はサンフランシスコ経由で来布。
1870 明治3 「元年者」問題を解決し,帰国希望の移民40名帰国。残留者は正規の移民として許可。
1871 明治4 日本ハワイ修好通商条約成立。
1872 明治5 カメハメハ5世王の観兵式に日本特使杉孫七郎参列。ハワイ移民協会を組織。
1874 明治7 マウイ島ウルバラクア耕地で元年者労働者20名が平素からの虐待に対して集団暴行に至る。裁判になり,労働者側は全面的に敗北に終わる。
1881 明治14 国王カラカウア来日。ハワイの日本に対する治外法権の条項廃棄の実現を約す。R.W.アーウィンを日本駐在ハワイ代理公使に任命。
1884 明治17 ハワイに日本領事館開設。ハワイ全権公使カーチス.P.イアウケア大佐は露国からの帰途来日,日本政府と移民受入について交渉。日本側の内諾を得て,アーウィン代理公使兼総領事を帯同して帰布。渡航条項成案に着手。日本側の渡航承認成る。
1885 明治18 領事中村治郎就任。官約移民第1回船東京市号で来任。アーウィン駐日ハワイ公使,ハワイ移住局長中山譲治も来任。
1887 明治20 メゾシスト教会牧師美山貫一,ハワイを訪問し移民救済教化活動に成果をあげる。その後,1888年,1903年に来布。
1889 明治22 後藤潤私刑事件
1892 明治25 ハワイ最初の日本字新聞「日本週報」発行。
1893 明治26 ハワイ革命起こり,王朝崩壊。軍艦金剛,浪速艦,在留民保護のため来航。ハワイは駐日公使アーウィンの名をもって日本に対するハワイの治外法権撤廃を通告。
1894 明治27 官約移民は第26回船三池丸をもって廃止。民間移民会社が「私約」移民の輸送を開始。
1896 明治29 日本政府,移民保護法を公布。
1897 明治30 移民上陸拒絶事件起る。
1898 明治31 アメリカ合衆国ハワイ併合。オアフ島カフクにて日本人と中国人衝突。(カフク事件)
1900 明治33 ペスト予防焼払い事件発生。日本人被災者多数。ハワイに属領制実施の結果,米国移民法適用。契約労働禁止される。
1901 明治34 福岡県人手島弥助,オアフ島ワヒアワに借地して十数エーカーにてパイナップルの栽培をはじめる。
1903 明治36 中央日本人会設立。
1907 明治40 ハワイ日本人の米大陸転航禁止される。
1908 明治41 日本政府,日米紳士協定に基き,ハワイへの新移民渡航を禁止。
1909 明治42 第1次オアフ島砂糖耕地日本労働者大罷工起る。
1910 明治43 このころ,岩手県人紺野登米吉がハワイ島にコナ開拓会社をおこし,製糖業をはじめる。マウイ島で最初のパイナップル缶詰会社,桑原寿太郎を社長としてマウイパイナップル会社が設立。
1920 大正9 第2次オアフ島耕地日比人労働者同盟大罷工起る。
1921 大正10 ハワイ県会制定の外国語学校取締法実施。
1924 大正13 排日移民法実施。呼寄移民も禁止。再渡航者,ハワイ出生者,旅行者を除く日本人はすべてハワイ入国を禁止される。
1927 昭和2 合衆国大審院はハワイ外国語学校取締法を違憲として無効の判決を下す。
1930 昭和5 下院議員に山城正義,同岡多作,三宅昇の3名が当選。
1940 昭和15 外国語ニュース放送禁止。日米通商条約失効。灯火管制布告。外国人指紋登録開始。徴兵登録令実施60136人登録。日系初の県会上院議員を出す。
1941 昭和16 真珠湾攻撃。即日日本人数十名逮捕される。その後200名余りが逮捕される。
1942 昭和17 日本人有力者ら米国本土へ移送。合計男子694名女子8名。
1959 昭和34 ダニエル・イノウエ,合衆国議会下院議員に当選。
参考文献
ハワイ日本人移民史 布哇日本人連合協会 1964年
ハワイ日系人史 足立聿宏著 葦の葉出版会 1977年
移民史3 今野敏彦,藤崎康夫編著 新泉社 1986
日米文化交渉史5 開国百年記念文化事業会編 洋々社 1955
日本人のハワイ 山下草園著 世界堂書店 1942
ハワイ移民の歴史 島岡宏著 国書刊行会 1978
布哇五十年史 森田栄著 真栄館 1919
布哇日本人史 木原隆吉編 文成社 1935
移植樹の花開く 川添樫風著 刊行会 1960
新布哇 藤井秀五郎著 文献社 1900
図説ハワイ日本人史 フランクリン王堂,篠遠和子共著 ビショップ博物館 1985

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